March 19, 2020

自分がある人は甘えをチェックでき、甘えに引きずられる人は自分がない。

すねる、ひがむ、ひねくれる、うらむ、はいずれも甘えられない心理に関係している。

日本人が一般に生真面目でゆとりがなく、ユーモアを解せないと外国人の目に映ることが多い。日本人は本来甘えたいがために、しかし実際にはなかなか甘えられないので、甘えを否定し、かくして「気がすまない」という窮屈な心境に低迷することが多い。

日本人の勤勉さはこの「気がすまない」強迫傾向に関係がある。日本のサラリーマンもみんな身を粉にして働く。それは現実の窮乏の然らしむるとこというより、むしろそうしな...

February 6, 2020

出演者および制作メンバーを募集しています。


構想中の作品をいくつかこちらにあげておきます。
自然体で演技しないことを心掛けて欲しいと思います。

老若男女問わず、こんな方を募集しています。
・志(具体的な未来像)を持っている方
・真剣に表現活動に身を投じて(ようとして)いる方
・ある程度自立して、しっかり自分の感性に基づき、既成の観念に囚われ過ぎていない方

とにかく、難しいことは一切やりません。

主に海外で上映されることが、多くなりそうです。

※撮影時期は目安です。疫病流行の状況に合わせて、撮れるとこから撮っていく予定です。

「埋葬奇譚」(短編...

September 26, 2019

この国で芸術が希少なものとなり、アートと呼ばれるものが蔓延るようになって久しい。我の排泄物で塗りたくられたものばかりで、一言で言えば「見て見て、かまって!」と我を押し付けるもので溢れ、うんざりすることがよくある。

そもそも芸術というものは「塗ること」ではなく「剥がすこと」ではなかっただろうか。少なくとも芸術というのは手段であり、「不条理」と向き合いそれを克服する過程から生み出されてきたものだったはず。

なぜ繕わなければならないのか・・
なぜ迎合しなければならないのか・・
なぜ押し付けなければならないのか・・

そういったことひとつひとつ向き...

September 16, 2019

自分の信念を証明する為に生命の危険をもかける。ーチェ・ゲバラ(母親への手紙)

道徳とは脳髄の衰弱だ。ーアルチュール・ランボー

科学は俺たちの目にはまだるっこい。ーアルチュール・ランボー

小説は文学ならず。ー上田敏

往々にしてひとは道徳に従いわが身を律することができる。だが、生きることにはならない。そして、道徳を夢見ることは、たとえ正義を語っているときでも不正に身をゆだねていることだ。ーアルベール・カミュ(裏と表)

おれがお前たちを憎むのは、お前たちが自由ではないからだ!人間誰でも必ず他人の犠牲の上に立って自由なのだ。ーアルベール・カミュ(カリ...

June 10, 2019

テレビドラマ、宣伝、広告、選挙公約、社会には甘い言葉があふれている。

それらの甘い言葉が本当に現実になるとどうなってしまうのか。

「サザエさんが突然マスオ氏にフェラチオしはじめるような衝撃の描写を『朝日新聞』の朝刊に掲載したときにはじめてその作品が『物品』というものだと確認される」と寺山修司は言った。つまり「物品」において性の営みというのはタブーなのである。彼独特の言い回しだとは思うが、世に溢れる「愛」は絶対的な正義であることを言いたかったのだろう。
 
この映画の中で、マイホームパパの男が二人の子供を殺しピストル自殺する場面がある。男...

March 31, 2019

人間は服を着る唯一の動物である。
そして、人間は動物であるにもかかわらず、他の動物とは一線を画す。


私たちの祖先が己をただの「アイヌ」(人間)であると自覚し、熊や鳥と同じく生きるものとして山で暮らしていたのはもう遠い過去となった。

今日に至っては人間同士の間にも境界線が引かれるようになる。
職業、学歴、所属、収入、所有物・・・がんじがらめに個の重量を増していく。

他人との境界線を引く。

動物との境界線を引く。

自然界との境界線を引く。
自分の内部にも境界線を引く。

豚がかつて猪だった頃、視界は広かっただろう。死ぬまでの間、生きることで精一杯だ...

November 10, 2018

11月17日(土)
場所:山のカフェ処
時間:14:00〜
※13:30に北鎌倉駅西口へお迎えに行きます。

14:00〜        開場・ご挨拶
14:30〜        うた
15:15〜16:30    お茶会
 

September 13, 2018

「蟲」(約20分)

[撮影場所]
鶴見・北鎌倉

[出演者募集]
・スーツの女(20〜30代):目が生きてる感じ[急募]
 

[あらすじ]
通勤ラッシュのホーム、突然嫌気がさし電車に乗らず引き返す男。人の流れに逆らって歩き、人のいない場所を目指す。
辿り着いた海辺の公園で、群衆に囚われていた自分の幻影を見る。目を覚ますと、スーツを来た女に出会うが、目が合やいなや女は立ち去ってしまう。
男は女の後を追うが見つけることができない。さらに男は歩き続け、迷いこんだ森で見たものは・・


セリフはありませんので、自然体でいることを心掛けて欲しいと思います...

January 14, 2018

なぜこの作品が作られたか。
この作品をみた人はそれぞれ考えて受け容れる必要があると思う。

生きるものはみな死ぬまでに生身の剥き出しにされてしまう。
抗うことのできない大きな自然の力で。

木陰で交尾するキリンも、メスを追い回す水槽のカメも、必ずどこかで何ものかに観察されている。

人間とて例外ではない。
ただ、人間は服を着る生きもの、それゆえに恥じる生きもの。
疾しさの分だけ、隠された事を見られることには相当な抵抗があるはず。


そうして、脈々と受け継がれた記憶たち。血脈に刻まれた忌々しい過去たち。

情報を操作するテレビの人、他人の闇をあぶりだす...

July 11, 2017

男という生きもの、彼らの持つ生命、その欲求。

犯すこと、犯すこと、犯すこと。

つまり、諸悪の根源。

絞り取られた生命の後に、残される虚無(母性)を満たすのは、罪の意識。

男と女は、交われど、共には歩めないということ。

それでも、生きながらえてしまう男という生きもの。

つまり、糞人間。

「性的人間」大江健三郎

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